不惑にして惑う男の日記

四十にして惑う男が書く様々なネタ

うつ病で休職し、復職したものの・・・・

俺はそこそこの給料をもらっているサラリーマンだ。

年齢的には不惑後半に差し掛かり、管理職にいてもおかしくない。

しかし、ある病気がもとで、出世コースから脱落した。

俺はうつ病

いわゆる「うつ病」というやつだ。

心療内科にも月1~2回ベースで通っている。

もともと、俺は「生真面目」で「不器用」というのが周囲からの評価だ。

それゆえ、管理職にはもともと不適格だったのだろう。

心療内科では「睡眠導入剤」、「気分を落ち着かせる薬」を何種類か処方して

もらっている。

そんな有様だから、任される仕事も今や軽作業レベルだ。

責任や負担はなくなったが、その代償として出世コースからは外れた。

そして、職場の同僚とも会話が激減した。

俺の病状をうすうす知って気を遣ってくれているんだろうが、俺にはその態度が冷淡に

映った。

その結果、周囲とはわだかまりが残った。

俺の態度はギスギスしていった。

適応障害で4か月休職した

そして、1年前にある会社に出向になったが、健康を崩して出向を解かれた。

心療内科の診断書によると、「適応障害」だった。

そして、5月から4か月休職した。

人事部の配慮で有給休暇と夏期休暇を利用したが、不足日数が出たため

その不足分は「欠勤」となった。

労務規定で決まっており当然のことだが、なぜか「欠勤」の2文字が悔しかった。

休んでいる間、何もすることがなかった。

これと言って趣味がないから、何をしていいか分からなかった。

毎日、ダラダラと寝ていた。

復職はしたものの

9月から職場復帰し、ある部署でリハビリで軽作業にあたることになった。

10月には通っている心療内科の診断書で、「復職」のお許しが出た。

しかし、リハビリはそのまま継続。

結局、今年の3月末まで軽作業にあたっていた。

復職と言いながら、7か月リハビリしていたわけだ。

ただ、席を与えられるわけでもなく、周囲はよそよそしかった。

そのため、当然ながら俺はギスギスしていた。

当初は、復職できたことが嬉しかったが、周囲と打ち解けない日々にイライラが

募った。

軽作業のみという一見気軽な状況だったが、人間関係の摩擦も結構あった。

それゆえ、人事部からは「もっと協調性を持て」と説教を食らったこともあった。

しかし、「協調性で腹は満たされるわけない」というのが俺の信条だ。

まあ、表面上はおとなしく従ってはいたが。

結局は・・・

今年4月、リハビリが解けて正式に配属になった。

しかし、3か月で「〇〇部付け」と異動になった。

原因は、配属先の事務作業の負担に耐えられなかったためだ。

俺のダメさ加減が露呈したとも思えるが、4月に配属された部署の事務が息つく暇が

なかった。

不手際も結構やらかして、営業担当の年下の後輩からも結構怒られた。

悔しかった。

俺のダメさは認めるとして、口の利き方に腹が立ち、ストレスが倍増した。

「先輩に対してコイツら、こんな口たたくのか」とキレたくなった。

実際、書類をたたきつけるなど何度もイライラした。

それが影響して、産業医の診断を受けることになった。

その結果、産業医から休養を取るように診断を受けた。

その診断書を人事部に提出し、異動になることはうすうす察していたが、もうこれで

俺のキャリアに先がないと感じた。

そして、今はあるプロジェクトで雑用にこき使われている身だ。

「お前のことには十分配慮している」と新しい上司に言われたものの、口先だけだと

しか思えなかった。

俺は考えた末、「ある結論」に達した。

(続く)